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里中満智子氏の漫画『天上の虹』『長屋王残照記』の続編。阿倍内親王のち孝謙・称徳女帝を「ステレオタイプの悪女」として描かなかったことは評価する。その上で、読み終えた後、なんともいえない「ぐったりした感じ」を覚える。理由は3つ。理由1:『天上の虹』の時代から繰り返されてきた「古代日本の皇族内における近親婚の弊害」が『女帝の手記』の時代でモロに出てきたこと。血統重視の末に、「健康な跡継ぎ」がいなくなってしまったのである(→天武系断絶)。理由2:『天上の虹』の時代からは、世の中が大きく変わりすぎていたこと。律令制においては、その制度の性質上、政府が政治の実権を持ち、天皇は「権威の象徴」として飾り物になる(ただし、最終的な人事権は天皇にある。)。他方、律令制に基づく政治の理想が、現実社会に対応しきれなくなってくる(「三世一身法」「墾田永年私財法」がそのわかりやすい例である。)。こういった場面は、『長屋王残照記』でもたびたび見られるが、『女帝の手記』ではより深刻な問題になっている。理由3:肝心の孝謙・称徳女帝が「距離感迷子」だったこと。彼女は決して無能ではない。「皇族でありながら藤原氏の人間」というあまりにも複雑すぎる立ち位置に生まれ、その立ち位置で生きていかなければならなかったことを考えれば、彼女なりに努力してきたとは思うし、正直多少同情もしたくなる。だが、それを差し引いても、孝謙・称徳女帝が、藤原仲麻呂にたいしても、道鏡に対しても、距離感を間違えたのは否めない。以上3つが重なり合ったことで、あの「宇佐八幡宮神託事件」を招き、孝謙・称徳女帝は、藤原氏のみならず世間をも敵に回した。結果、「孝謙・称徳女帝としての権威」も「阿倍という一人の女性としての矜恃」もズタボロになるというバッドエンドを迎えたのである(爆)。以降、現代に至るまで、孝謙・称徳女帝には「悪女」のイメージが付き纏う羽目になる(某ストーリーな女たちで、「オトコに狂った女帝」「貢ぎ癖のある女性天皇」「自分を癒やしてくれたイケメン僧侶に皇位まで貢ごうとして!?」と擦られるほどには。)。あくまでも私の超個人的な感想ではあるけれど、阿倍内親王としても、孝謙・称徳女帝としても、彼女に真に必要だったのは、「理解のある彼くん」ではなくて、『天上の虹』の大海人皇子と讃良皇女が言うところの「戦友」だったのではないだろうか?
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里中満智子氏の漫画『天上の虹』『長屋王残照記』の続編。阿倍内親王のち孝謙・称徳女帝を「ステレオタイプの悪女」として描かなかったことは評価する。その上で、読み終えた後、なんともいえない「ぐったりした感じ」を覚える。理由は3つ。理由1:『天上の虹』の時代から繰り返されてきた「古代日本の皇族内における近親婚の弊害」が『女帝の手記』の時代でモロに出てきたこと。血統重視の末に、「健康な跡継ぎ」がいなくなってしまったのである(→天武系断絶)。理由2:『天上の虹』の時代からは、世の中が大きく変わりすぎていたこと。律令制においては、その制度の性質上、政府が政治の実権を持ち、天皇は「権威の象徴」として飾り物になる(ただし、最終的な人事権は天皇にある。)。他方、律令制に基づく政治の理想が、現実社会に対応しきれなくなってくる(「三世一身法」「墾田永年私財法」がそのわかりやすい例である。)。こういった場面は、『長屋王残照記』でもたびたび見られるが、『女帝の手記』ではより深刻な問題になっている。理由3:肝心の孝謙・称徳女帝が「距離感迷子」だったこと。彼女は決して無能ではない。「皇族でありながら藤原氏の人間」というあまりにも複雑すぎる立ち位置に生まれ、その立ち位置で生きていかなければならなかったことを考えれば、彼女なりに努力してきたとは思うし、正直多少同情もしたくなる。だが、それを差し引いても、孝謙・称徳女帝が、藤原仲麻呂にたいしても、道鏡に対しても、距離感を間違えたのは否めない。以上3つが重なり合ったことで、あの「宇佐八幡宮神託事件」を招き、孝謙・称徳女帝は、藤原氏のみならず世間をも敵に回した。結果、「孝謙・称徳女帝としての権威」も「阿倍という一人の女性としての矜恃」もズタボロになるというバッドエンドを迎えたのである(爆)。以降、現代に至るまで、孝謙・称徳女帝には「悪女」のイメージが付き纏う羽目になる(某ストーリーな女たちで、「オトコに狂った女帝」「貢ぎ癖のある女性天皇」「自分を癒やしてくれたイケメン僧侶に皇位まで貢ごうとして!?」と擦られるほどには。)。あくまでも私の超個人的な感想ではあるけれど、阿倍内親王としても、孝謙・称徳女帝としても、彼女に真に必要だったのは、「理解のある彼くん」ではなくて、『天上の虹』の大海人皇子と讃良皇女が言うところの「戦友」だったのではないだろうか?