1
2
3
4
5
6
*パピレストップメニュー*
本本本本 本本本本
本本 本本 本本 本本
本本 本本 本本 本本
本本 本本 本本 本本
本 本本本 本
本 パピレスのご案内・・・・1 / 文庫目録・・・・・・・4 本
本 ・操作や入会方法のご案内 / ・文庫検索用データベース 本
本 / 本
本 文庫・新刊のご案内・・・2 / 環境設定・・・・・・・5 本
本 ・本の立ち読みができる / ・通信環境の設定 本
本 ・毎月の新刊をご案内 / 本
本 / 入会申し込み・・・・・6 本
本 文庫書棚・・・・・・・・3 / ・入会申込メールを送付 本
本 ・文庫のダウンロード / 本
本 / 終了・・・・・・・・・7 本
本 本本本本 / 本本本本 本
本 本本本 本本本 / 本本本 本本 本
本 本 本 / 本 本 本
本本 本本本 本本
どこに行きますか? 番号を入力してください。(文庫書棚)==>3
-------------------------------
1.読む
-------------------------------
何をしますか? 番号を入力してください。(4:戻る 6:終了)==>
何番の文庫を読みますか?(1、2)==>
文庫リスト 表示範囲:1 - 2
1 夏目漱石 (NATUME ) 198088Byte 1995/11/14 18:10 9回
坊ちゃん
2 天谷幹夫 (AMAYA ) 360076Byte 1995/11/14 18:10 9回 電子書籍ことはじめ
2 天谷幹夫 (AMAYA ) 360076Byte 1995/11/14 18:10 9回 電子書籍ことはじめ
どこに行きますか? 番号を入力してください。(4:戻る 6:終了)==>
本本本本本本本本本本本本本本本本本本 本 本本 本 ご利用頂き誠に有難う 本 本 本 ございました m(__)m 本 本 本 本 //本 本 またのお越しをこころより 本 //本 本 本 //本 本 お待ちしております。 本 //本 本 本 //本 本 「パピレス」スタッフ一同 本 //本 本 本 //本 本 本 //本 本本本本本本本本本本本本本本本本本本 //本 本ーーーーーーーーーーーーーーーー本//本 本ーーーーーーーーーーーーーーーー本/本 本ーーーーーーーーーーーーーーーー本本 本本本本本本本本本本本本本本本本本本 開始時刻[1995年11月06日 18時08分45秒] 終了時刻[1995年11月06日 18時14分35秒] 利用時間[00時05分50秒]
本本本本本本本本本本本本本本本本本本 本 本本 本 ご利用頂き誠に有難う 本 本 本 ございました m(__)m 本 本 本 本 //本 本 またのお越しをこころより 本 //本 本 本 //本 本 お待ちしております。 本 //本 本 本 //本 本 「パピレス」スタッフ一同 本 //本 本 本 //本 本 本 //本 本本本本本本本本本本本本本本本本本本 //本 本ーーーーーーーーーーーーーーーー本//本 本ーーーーーーーーーーーーーーーー本/本 本ーーーーーーーーーーーーーーーー本本 本本本本本本本本本本本本本本本本本本 開始時刻[1995年11月06日 18時08分45秒] 終了時刻[1995年11月06日 18時14分35秒] 利用時間[00時05分50秒]
どこに行きますか? 番号を入力してください。(4:戻る 5:終了)==>
・坊ちゃん
〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇
親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴やつがあるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
親類のものから西洋製のナイフを貰もらって奇麗きれいな刃はを日に翳かざして、友達ともだちに見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こうをはすに切り込こんだ。幸さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。
庭を東へ二十歩に行き尽つくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかに栗くりの木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで....
・坊ちゃん
〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇
親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴やつがあるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
親類のものから西洋製のナイフを貰もらって奇麗きれいな刃はを日に翳かざして、友達ともだちに見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こうをはすに切り込こんだ。幸さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。
庭を東へ二十歩に行き尽つくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかに栗くりの木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで....
どこに行きますか? 番号を入力してください。(4:戻る 5:終了)==>
・電子書籍ことはじめ
〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇
「あなたはそんなところに、なぜ行ったのですか」
『………』
「だいたい、こういうところの人は権利ばかり主張して、私らがどんなに苦労しているか知らないのです」
『………』
「あなたが、そういうことをすると困ることになるのです。うちは絶対協力しませんからね」
『………』
某大手出版社の部長は、私が数こと説明しただけで怒り出した。こちらがそんなつもりはなかったと釈明しても、けんもほろろに受け付けてもらえなかった。
なぜ怒られたのかよく分からず、池袋の四畳半一間の事務所に戻って、二つしかない椅子の一つに腰掛けて考えても、むしゃくしゃするばかりである。窓際の赤茶けて古ぼけた年代物の冷房機が、ゴオンゴオンうなっている。この雑居ビルでは、狭いところに100もの個人事務所がひしめいていて、どの部屋にもこのうるさ型の冷房が備えてある。
ここを借りて会社の登記をしたのは、1995年初め、身もつく寒さの2月であったが、今はうだるように暑い8月の終わりであった。手帳を取り出して、今までに回った出版社の数を数えてみたら48 社であった。中には3度も4度も同じ出版社に行ったが、あれこれダメな理由をつけられて何の進展もなかった。
紙の本を電子化してパソコン通信のホストサーバに掲載して、読者にパソコンで読んでもらおうという構想を立てたのは、1年前の冬であった。あれからもう1 年半になるのに、1冊の許諾も貰えていない。ビジネスとしてありえないこと、誰にも受け入れられないことを自分は考えたのであろうか、不安が頭をよぎる。ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースは、事業資金を集めるのに999人の人に説明し、999番目の人にめぐり会いやっと受け入れられたという話を思いだし何度も心に言い聞かせた。どの出版社の協力も得られなかった場合を考えて、著作権の切れた夏目漱石や芥川龍之介の作品をそれぞれ20 冊ほど、外注先で紙の本から電子データに変換してもらっていた。こんなことをやっているのは、日本でもきっと自分達が初めてだろうと陶酔する反面、こんなに資金を投下して、もし一人も読んでくれなかったら自分達はおおばか者だろうと思ったりもした。
それなら著者に直接頼んでみようと決心したのが2カ月前であった。出版権の2次利用を許諾する著作権団体があると聞いて麹町の近くのビルを訪れた。何度か訪れ、構想説明を繰り返して、全面的には協力できないが、実験のためという条件付で数冊の本を電子化する著作権許諾をようやく貰えたのが先週であった。それで出版社の了解も取りつけなければと思い、訪れたのが先ほどの大手出版社であった。それがにべもなく断られて、また振り出しに戻ってしまった。
電子データを掲載するホストサーバは、新宿のベンチャー会社が開発したパソコン通信の電子会議システムを流用することにしていた。電子会議とは、ホストサーバにアクセスした参加者が自分の文章を電子掲示板に書いて、お互いがメッセージを交換するシステムである。この掲示板に、小説の内容を章ごとに分割して掲載し、順番に読者に読んでもらおうという計画であった。本当は、電子データをダウンロードする専用のサーバがあったら良いのだが、それを開発したら数千万円の投資になってしまう。「誰がパソコンで本を読んだりしますか? 本は紙で読むものですよ」と行く先々の出版社で言われているのに、そんな大きな投資はできない。システムの準備は春から進めていて、10月には電子書店を開始しようと計画していたが、肝心の本のデータが1冊も集まっていない。心はあせるばかりであった。
それから半月後のことであった。
「いいですよ。これは本当に著者さんのためになると思います」
『はあ……』
「今は、みなさん(著者さん)本が出せなくて、これもあれも品切れになってしまうのです」
『そうなんですか』
「少しでも著者さんの役に立つなら、うちは別になくても(出版者の取り分が)いいくらいです。みなさんに話してみましょう」
『ありがとうございます』
中堅出版社の狭い会議室の一室であった。えくぼがくっきりとにこやかな笑いを浮かべて答えた女性編集長の顔が女神に見えた。事務所に戻る山手線の窓に流れる景色がこんなにも生き生きと見えたのは初めてであった。
それから2週間後、6人ほどの著者の許諾が得られ、15冊の本が電子化できることになった。編集者と著者の絆はこんなにも強いものかと感心した。さらに別の出版社からもシリーズ20冊の許諾が得られ、電子書店の開始の目処がついたのはその年の11月であった。電子書店のオープン時には、新しく加わった4人の仲間とともに、狭い事務所の片隅で喜びの祝杯を揚げた。
それから10年以上の月日が流れ2008年、全面窓ガラスから入る春の日差しが眩しい、とある新興ビルの一室です。「おかげさんで先々月入れさせていただいたコミックは、2万冊いきましたよ」、と微笑むのは某出版社の編集部長さん。
『えっ、そんなになりましたか』
「社長もこの数字には驚いています。電子がこんなに出るなんて」
『おかげさまで、昔とは様変わりです。どの出版社さんも電子に興味を持たれて、今では9万冊の品揃えです』
「何か秘訣でもありましたか?」
『いや何もありませんよ。毎日同じことを繰返していたら、周りが変わっただけです』
「………」。
きっとそうだ。この後も、またその後も、自分がいようといまいと、世の中はどんどん変わって、今に、紙の本が大英博物館に飾られる日がやがて来るだろうことを私は確信する。
・電子書籍ことはじめ
〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇 ● 〇〇
「あなたはそんなところに、なぜ行ったのですか」
『………』
「だいたい、こういうところの人は権利ばかり主張して、私らがどんなに苦労しているか知らないのです」
『………』
「あなたが、そういうことをすると困ることになるのです。うちは絶対協力しませんからね」
『………』
某大手出版社の部長は、私が数こと説明しただけで怒り出した。こちらがそんなつもりはなかったと釈明しても、けんもほろろに受け付けてもらえなかった。
なぜ怒られたのかよく分からず、池袋の四畳半一間の事務所に戻って、二つしかない椅子の一つに腰掛けて考えても、むしゃくしゃするばかりである。窓際の赤茶けて古ぼけた年代物の冷房機が、ゴオンゴオンうなっている。この雑居ビルでは、狭いところに100もの個人事務所がひしめいていて、どの部屋にもこのうるさ型の冷房が備えてある。
ここを借りて会社の登記をしたのは、1995年初め、身もつく寒さの2月であったが、今はうだるように暑い8月の終わりであった。手帳を取り出して、今までに回った出版社の数を数えてみたら48 社であった。中には3度も4度も同じ出版社に行ったが、あれこれダメな理由をつけられて何の進展もなかった。
紙の本を電子化してパソコン通信のホストサーバに掲載して、読者にパソコンで読んでもらおうという構想を立てたのは、1年前の冬であった。あれからもう1 年半になるのに、1冊の許諾も貰えていない。ビジネスとしてありえないこと、誰にも受け入れられないことを自分は考えたのであろうか、不安が頭をよぎる。ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースは、事業資金を集めるのに999人の人に説明し、999番目の人にめぐり会いやっと受け入れられたという話を思いだし何度も心に言い聞かせた。どの出版社の協力も得られなかった場合を考えて、著作権の切れた夏目漱石や芥川龍之介の作品をそれぞれ20 冊ほど、外注先で紙の本から電子データに変換してもらっていた。こんなことをやっているのは、日本でもきっと自分達が初めてだろうと陶酔する反面、こんなに資金を投下して、もし一人も読んでくれなかったら自分達はおおばか者だろうと思ったりもした。
それなら著者に直接頼んでみようと決心したのが2カ月前であった。出版権の2次利用を許諾する著作権団体があると聞いて麹町の近くのビルを訪れた。何度か訪れ、構想説明を繰り返して、全面的には協力できないが、実験のためという条件付で数冊の本を電子化する著作権許諾をようやく貰えたのが先週であった。それで出版社の了解も取りつけなければと思い、訪れたのが先ほどの大手出版社であった。それがにべもなく断られて、また振り出しに戻ってしまった。
電子データを掲載するホストサーバは、新宿のベンチャー会社が開発したパソコン通信の電子会議システムを流用することにしていた。電子会議とは、ホストサーバにアクセスした参加者が自分の文章を電子掲示板に書いて、お互いがメッセージを交換するシステムである。この掲示板に、小説の内容を章ごとに分割して掲載し、順番に読者に読んでもらおうという計画であった。本当は、電子データをダウンロードする専用のサーバがあったら良いのだが、それを開発したら数千万円の投資になってしまう。「誰がパソコンで本を読んだりしますか? 本は紙で読むものですよ」と行く先々の出版社で言われているのに、そんな大きな投資はできない。システムの準備は春から進めていて、10月には電子書店を開始しようと計画していたが、肝心の本のデータが1冊も集まっていない。心はあせるばかりであった。
それから半月後のことであった。
「いいですよ。これは本当に著者さんのためになると思います」
『はあ……』
「今は、みなさん(著者さん)本が出せなくて、これもあれも品切れになってしまうのです」
『そうなんですか』
「少しでも著者さんの役に立つなら、うちは別になくても(出版者の取り分が)いいくらいです。みなさんに話してみましょう」
『ありがとうございます』
中堅出版社の狭い会議室の一室であった。えくぼがくっきりとにこやかな笑いを浮かべて答えた女性編集長の顔が女神に見えた。事務所に戻る山手線の窓に流れる景色がこんなにも生き生きと見えたのは初めてであった。
それから2週間後、6人ほどの著者の許諾が得られ、15冊の本が電子化できることになった。編集者と著者の絆はこんなにも強いものかと感心した。さらに別の出版社からもシリーズ20冊の許諾が得られ、電子書店の開始の目処がついたのはその年の11月であった。電子書店のオープン時には、新しく加わった4人の仲間とともに、狭い事務所の片隅で喜びの祝杯を揚げた。
それから10年以上の月日が流れ2008年、全面窓ガラスから入る春の日差しが眩しい、とある新興ビルの一室です。「おかげさんで先々月入れさせていただいたコミックは、2万冊いきましたよ」、と微笑むのは某出版社の編集部長さん。
『えっ、そんなになりましたか』
「社長もこの数字には驚いています。電子がこんなに出るなんて」
『おかげさまで、昔とは様変わりです。どの出版社さんも電子に興味を持たれて、今では9万冊の品揃えです』
「何か秘訣でもありましたか?」
『いや何もありませんよ。毎日同じことを繰返していたら、周りが変わっただけです』
「………」。
きっとそうだ。この後も、またその後も、自分がいようといまいと、世の中はどんどん変わって、今に、紙の本が大英博物館に飾られる日がやがて来るだろうことを私は確信する。
でこのページをシェア!
