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小川未明
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羽衣物語

羽衣物語

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小説・実用書
大きな国と小さな国の国境。そこを守る老人と青年のお話。最初は敵と味方と思っていたが、やがて打ち解けて仲良くなる。しかしやがて二つの国は戦争を始めてしまう……「野ばら」。
三保の松原で見つけた美しい着物は天女の羽衣でした。やがて天女は天に帰っていきます「羽衣物語」。
その家には古い青いランプがありました。そのランプを点けると不思議なことが起こります。おばあさんが子供のころの物語。果たしてお父さんは帰ってくるでしょうか「青いランプ」。

日本のアンデルセンと言われる小川未明の童話三本を収録。

※読みやすくするため現代の言葉に近づけていますが、作品の性質上、そのままの表現を使用している場合があります。
童話迷宮

童話迷宮

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漫画
ようこそ、物語の迷宮へ――。
グリム、アンデルセンにも比肩する児童文学の金字塔、小川未明。彼の美しい童話の世界を、新鋭・釣巻和が、私たちの生きる現代まで、世紀や世代を越えて、ていねいに掬い上げたとっておきの連作集。
不思議な看板に誘われてやって来た小川少年と共に、ゆめとうつつのあわいをじっくりとご堪能ください。そして、どうか、色感豊かな物語の世界に迷われませんよう……。
赤い船

赤い船

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小説・実用書
露子は、貧しい家に生まれました。生まれつき音楽が好きで先生の弾くオルガンを聞いて遠い外国にあこがれます。露子はお姉さまと一緒に海へ遊びに行った時、赤い船を見たことから家に帰っても赤い船のことを思うのでした。日本のアンデルセンと言われる小川未明の童話。
月夜とめがね

月夜とめがね

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小説・実用書
おだやかな月のいい晩。おばあさんがひとりで針仕事をしているとふしぎなことがおこります。めがね屋さんがきたり美しい女の子がきたり……。日本のアンデルセンと言われる小川未明の童話。
赤いろうそくと人魚

赤いろうそくと人魚

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小説・実用書
人間の世界にあこがれた人魚のおかあさんはろうそく屋の老夫婦に娘を預けます。美しい娘に成長した娘が描く赤いろうそくは評判となり、商売は繁盛しますが、欲に目がくらんだ老夫婦は香具師に娘を売ってしまいます。日本のアンデルセンと言われる小川未明の童話。
オーディオブック 小川未明 「金の輪」

オーディオブック 小川未明 「金の輪」

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オーディオブック
作品について
「金の輪」は、1919年4月『労働文学』にて発表された作品。
輪をまわす遊びを「輪回し」と言いますが、この「輪回し」という言葉には、国語辞典によると次の意味があります。
1)竹や鉄で作った輪に先が二またに分かれた棒を当てて、輪を倒さないように転がして進む遊び。
2)連歌・俳諧の付合(つけあい)で、前々句へ句意が返るようにする付け方。
輪廻(りんね)。

未明は大正3年に長男を、大正7年に長女を失いました。
その1年後の大正8年に発表された「金の輪」は、その悲しみから書かれたとも言われています。
まさに文学というべき詩的な文体と、未明らしい結末のむかえ方は、読者の心をわしづかみにするほどの強烈な印象を残します。

あらすじ
長い間病気で臥していた太郎は、ようやく床から出られるようになりました。
日の出ている間だけ外に出ることができた太郎が外に出てみると、どこにも友だちの姿がありませんでした。
ひとりしょんぼりとしていると、往来の上からひとりの少年がふたつの金の輪をまわしながら走ってきました。
美しく光る金の輪をまわす少年は、太郎に向かって微笑んで、往来の向こうへ消えていきました。
次の日に太郎が同じ時刻に外に出てみると、再びその少年に出会いました。
そしてまた太郎に向かって微笑みかけて、消えていきました。
その晩、太郎は夢を見ました。
太郎は、その少年から金の輪をひとつ分けてもらって、どこまでも走って行って、赤い夕やけの中にとけていきました。

■著者プロフィール
小川 未明(おがわ みめい)
1882年4月7日−1961年5月11日
小説家・児童文学作家。本名は小川健作(おがわけんさく)。
「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。
娘の岡上鈴江も児童文学者。新潟県高田(現上越市)に生まれる。
東京専門学校(早稲田大学の前身)専門部哲学科を経て大学部英文科を卒業。
坪内逍遙に師事し、島村抱月やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)らにも影響を受けた。在学中に処女作「漂浪児」を発表し、逍遥から「未明」の号を与えられ、卒業直前に発表した「霰に霙」で小説家としての地位を築く。
1925年に早大童話会を立ち上げ、1926年以降は童話作家に専念する。1953年、童話会の会員だった鳥越信と古田足日の二人を中心をした「少年文学宣言」が発表され、未明は、古い児童文学として否定されるという、苦渋の晩年も送った。

※このコンテンツは音声のみの作品です。本文のテキストは含まれませんので、ご了承下さい。
また、必ずご購入前に再生可能か無料サンプルでお試し下さい。
無料サンプルを再生できない場合は、大変申し訳ありませんがご購入をお控え下さい。
オーディオブック 小川未明 「電信柱と妙な男」

オーディオブック 小川未明 「電信柱と妙な男」

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オーディオブック
あらすじ
人が嫌いで、昼間は決して外に出ない妙な男。
いつものように夜の町を歩いていると、前から歩いてきたのは大きな電信柱。
彼もまた、きまって夜に散歩をする。
二人は意気投合し、さっそく一緒に歩き出す。
ところが、妙な男は電信柱に向かって、おまえは背が高いから話しづらいと言い出した。
そこで困った電信柱が町の屋根に乗せてやると、妙な男はいい景色だとおお喜び。
しかし妙な男、電信柱には恐ろしい電気が流れると聞いて、きけんきけんと騒ぎ出す。
ちょうどそのとき、東の空には夜明けの光りが……
電信柱には怖くて触れない妙な男。下に降りることができなくて泣き出した。
そしてとうとう朝の人々に見つかった。
おかしな場所に立つ電信柱も、屋根の上で泣く妙な男も、通る人々みんなに笑われた。
それからは、妙な男は夜も外には出なくなった。電信柱も夜の散歩をやめてしまった。

■著者プロフィール
小川 未明(おがわ みめい)
1882年4月7日−1961年5月11日
小説家・児童文学作家。本名は小川健作(おがわけんさく)。
「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。
娘の岡上鈴江も児童文学者。
新潟県高田(現上越市)に生まれる。
東京専門学校(早稲田大学の前身)専門部哲学科を経て大学部英文科を卒業。
坪内逍遙に師事し、島村抱月やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)らにも影響を受けた。
在学中に処女作「漂浪児」を発表し、逍遥から「未明」の号を与えられ、卒業直前に発表した「霰に霙」で小説家としての地位を築く。
1925年に早大童話会を立ち上げ、1926年以降は童話作家に専念する。
1953年、童話会の会員だった鳥越信と古田足日の二人を中心をした「少年文学宣言」が発表され、未明は、古い児童文学として否定されるという、苦渋の晩年も送った。

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オーディオブック 小川未明 「赤い船」

オーディオブック 小川未明 「赤い船」

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オーディオブック
作品について
明治43年に未明が発表した日本最初の創作童話集とされる「おとぎばなし集 赤い船」の巻頭を飾った作品。
広い世界に憧れる貧しい少女と、船を見つめて涙する裕福な娘の内面世界を描く。

あらすじ
貧しい露子はオルガンの音が大好きでした。
学校の先生から、オルガンは外国からやってきたという話を聞いてから、
露子はオルガンの音を聞くたびに懐かしい、遠い感じがして、広い海の彼方の外国を思い浮かべました。
十一のとき、貧しさから露子は東京のある家へ奉公へ出ました。
その家にはとても優しいお姉さんがいて、お姉さんが家にあるピアノを
弾くと、露子はやはり懐かしい、遠い感じがしました。
初夏のある日、露子はお姉さんと一緒に海辺へ遊びにいくと、沖の向こうに赤いすじの入ったいっそうの大きな汽船がありました。
赤い船に不思議な懐かしさを感じる露子は、いつか自分もあの船に乗って外国へ行って、オルガンやピアノを聞いたり習ったりしたいと思いました。
次の日、窓辺で赤い船のことを思う露子のところへ、南の海からやってきたというつばめが一羽飛んできました。
海を越える間に赤い船を見たというつばめは、明るく静かな月夜の中、船の上ではいい音楽が奏でられ、人々がみな楽しんでいたと、露子に話して聞かせました。
そうしてまた飛び去っていったつばめを見守りながら、赤い船はいまどこを航海しているのだろうと、露子は考えました。

■著者プロフィール
小川 未明(おがわ みめい)
1882年4月7日−1961年5月11日
小説家・児童文学作家。本名は小川健作(おがわけんさく)。
「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。
娘の岡上鈴江も児童文学者。新潟県高田(現上越市)に生まれる。
東京専門学校(早稲田大学の前身)専門部哲学科を経て大学部英文科を卒業。
坪内逍遙に師事し、島村抱月やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)らにも影響を受けた。在学中に処女作「漂浪児」を発表し、逍遥から「未明」の号を与えられ、卒業直前に発表した「霰に霙」で小説家としての地位を築く。
1925年に早大童話会を立ち上げ、1926年以降は童話作家に専念する。1953年、童話会の会員だった鳥越信と古田足日の二人を中心をした「少年文学宣言」が発表され、未明は、古い児童文学として否定されるという、苦渋の晩年も送った。

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オーディオブック 小川未明 「月夜とめがね」

オーディオブック 小川未明 「月夜とめがね」

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オーディオブック
作品について
「月夜とめがね」は、1922年「赤い鳥」に掲載された作品。
初出時は「月夜と眼鏡」という表題で発表された。
文章は心地よいリズムで流れ、随所に現れる月の描写は幻想的な雰囲気を演出し、話全体に詩情があふれています。

あらすじ
月のいい静かな晩、おばあさんはひとり座って針しごとをしていました。
そこへ、めがね売りの男が訪ねてきました。
針に糸が通らないで困っていたおばあさんは、大喜びでめがねを買いました。
夜も更けてきたのでしごとの片付けをしようとしたところへ、ふたたび戸をトントンとたたく音が聞こえました。
見るとそこには、足を怪我した十二、三の女の子が立っていました。
町で働いているというその子は、たびたび家の前を通り、おばあさんが親切で優しい人であることを知っていると言いました。
おばあさんは、傷口をよく見るためにめがねをかけてたいへん驚きました。
なんとその子は、娘ではなく綺麗な胡蝶でありました。
おばあさんは、胡蝶を優しく裏手の花園へと連れて行きました。
しかし振り返ってみると、胡蝶は音もなく姿を消していました。
ほんとうに、いい月夜でした。

■著者プロフィール
小川 未明(おがわ みめい)
1882年4月7日−1961年5月11日
小説家・児童文学作家。本名は小川健作(おがわけんさく)。
「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。
娘の岡上鈴江も児童文学者。
新潟県高田(現上越市)に生まれる。
東京専門学校(早稲田大学の前身)専門部哲学科を経て大学部英文科を卒業。
坪内逍遙に師事し、島村抱月やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)らにも影響を受けた。
在学中に処女作「漂浪児」を発表し、逍遥から「未明」の号を与えられ、卒業直前に発表した「霰に霙」で小説家としての地位を築く。
1925年に早大童話会を立ち上げ、1926年以降は童話作家に専念する。
1953年、童話会の会員だった鳥越信と古田足日の二人を中心をした「少年文学宣言」が発表され、未明は、古い児童文学として否定されるという、苦渋の晩年も送った。

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オーディオブック 小川未明 「赤いろうそくと人魚」

オーディオブック 小川未明 「赤いろうそくと人魚」

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オーディオブック
作品について
「赤いろうそくと人魚」は小川未明の代表作のひとつ。
人間のエゴイズムをテーマとするこの作品は、芸術的な文章と情景描写によって綴られ、印象深く迫力があります。またその独特な言い回しは、聴いた人を一気に物語の世界に惹きこみます。
美しい愛情で始まり、救いのない悲しい結末で終わる物語。そこには善人も時と場合によって悪人に変わりうるという、人間のリアルな身勝手さや醜さが描かれています。
自分の童話を子どもだけでなく大人にも読んでほしいという小川未明。
作品を通して、人間はただ綺麗なことばかりではないということを大人の心にも強く訴えかけてきます。

あらすじ
北の暗く寂しい海に子を宿した女の人魚が棲んでいた。
子どもには明るく優しい人間の町で暮らしてほしいと考えた人魚は、
海辺の町にある神社で子どもを産み落とすことに決めた。
神社のふもとにあるろうそく屋の老夫婦に拾われた人魚の子は、大切に育てられて、誰の目にも美しい娘に成長した。
娘が店のろうそくに赤い絵を描くとたちまち評判となった。またそれを神社に納めると無事故のお守りになるとの噂が広まり、ろうそく屋と神社はますます高まった。
しかしある時、大金に心を奪われた老夫婦は、人魚の娘を南国の香具師(行商人)に売ってしまい、悲しむ娘は真赤に染めたろうそくを残して連れて行かれた。
その夜、不気味な女が赤いろうそくを買っていった。
するとたちまち海は荒れ、娘を乗せた香具師の船は沈んでしまった。
その後、毎晩神社に灯る赤いろうそくは死を招く不吉と言われ、神社は鬼門として忌み嫌われ、数年後には町も滅びてしまった。

■著者プロフィール
小川 未明(おがわ みめい)
1882年4月7日−1961年5月11日
小説家・児童文学作家。本名は小川健作(おがわけんさく)。
「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。
娘の岡上鈴江も児童文学者。新潟県高田(現上越市)に生まれる。
東京専門学校(早稲田大学の前身)専門部哲学科を経て大学部英文科を卒業。
坪内逍遙に師事し、島村抱月やラフカディオ・ハーン(小泉八雲)らにも影響を受けた。在学中に処女作「漂浪児」を発表し、逍遥から「未明」の号を与えられ、卒業直前に発表した「霰に霙」で小説家としての地位を築く。
1925年に早大童話会を立ち上げ、1926年以降は童話作家に専念する。1953年、童話会の会員だった鳥越信と古田足日の二人を中心をした「少年文学宣言」が発表され、未明は、古い児童文学として否定されるという、苦渋の晩年も送った。

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